堀 晃さんが「米朝独演会」('92〜93頃、大阪朝日生命ホール)のプログラムに
書いた解説から

「題名のない番組」から四半世紀

 四十歳前後の、特に上方落語のファンの方なら、ラジオ大阪で放送されていた
「題名のない番組」を記憶されていることと思う。桂米朝師匠と小松左京氏が聴
取者の投稿をもとに知的冗談の限りを尽くす、今では神話的な番組である。投稿
者側も相当に知恵をしぼっていた。四半世紀たった今でも覚えている。

 たとえば――
○横山ノックが初当選した時「お山の杉の子」の替歌があった。「まるまる坊主
の横山は」とか、議会でいねむりしているノックに「これこれ横山起きなさい」
とか「与党も野党も大笑い大笑い」とか。よくできていた。

○大文字焼きの右肩で焚火をすれば「犬文字焼き」になって面白い。……これは
現在米朝一門に新作を提供している落語作家・小佐田定雄氏の投稿だったと二十
年後に知った。

○森の石松金比羅詣のパロディ。「SF作家で一番は誰でえ」「そりゃ星新一
よ」「二番は」「筒井康隆」と始まって、いつまでたっても小松左京の名が出て
こない。最後に「あっ大変な大物を忘れていた。小松左京という……」感激した
小松左京が「おうおう、タバコ吸いねえ遅刻しねえ」……こんな投稿が来るほど
小松左京の「遅刻」は有名だつた。何しろ生放送である。タクシーの中で番組を
聞いてあわてて駆けつけたことまであった。

○「米朝のようないい男を女が放ってオクメェ」当時、米朝師匠は岡八郎、海原
お浜とならんで「関西三大奥目」と呼ばれていた。そうは見えなかったがラジオ
のことだから……。

○ある週、番組の最後に米朝師匠がこういった。「また気が向いたらお手紙を下
さい」。翌週たちまち抗議がきた。「われわれが『気が向いたら』というような
気楽な志で投稿していると思っておるのか」
 ……投稿者の気持ちはわかる。採用された投稿を米朝師匠が読む。小松氏が大
笑いする。それを起点に話は予想外の方向に脱線する。おふたりの該博な知識と
見識が冗談を交えて話題を拡大していく。投稿はその起爆剤の役目を果たすので
ある。したがって、単なる受け狙いではだめで、うまい表現が見あたらないが、
知的水準の向上を潜在的に感じさせる点が投稿者を熱中させたのだと思う。

 プログラムにふさわしくない文章になってしまったが、ここでいいたいことは
ふたつ。
 ひとつは「題なし」の遺産を何らかの形で復刻できないだろうか、という点。
この会場には当時の投稿マニアが何人かおいでになるのではないかと想像してい
る。
 もうひとつは、米朝師匠のあの知的アドリブにたっぷりと浸る贅沢を味わえな
いか、というファンとしての願望。本日の「南天翁半生記」はひょっとしたら…
…。