毎日新聞(2002.09.05発行)に掲載された米朝さんと小松さんの対談から

『落語全集』が文庫化 桂米朝さん

SFはみんな落語にある 40年来の友人 小松左京さんと語る


 喜寿を迎える今年、東京・歌舞伎座の公演を最後に大ホールでの独演会に終止
符を打った落語家、桂米朝さん。折しも『米朝落語全集』が『上方落語 桂米朝
コレクション』(筑摩書房)として文庫化される。40年余りの交流がある作
家、小松左京さんと語り合ってもらった。

 桂米朝さん 小松さんとしゃべるようになったのはラジオ番組でご一緒してか
らですわ。

 小松左京さん 僕はラジオ番組でニュース漫才を書いていた。ある時、サンケ
イホールで米朝さんが独演会やると聞いて。千数百人規模のそんな大きなホール
での独演会どないするんやと見に行って、ドカッとはまってしまった。

 米朝 「ホール落語」という言葉ができたのは昭和30年代、東京から。ホー
ルで独演会したのは私が最初らしい。

 小松 米朝さんとラジオ大阪で「題名のない番組」を始めたのは64年、東京
オリンピックの年や。題名募集したけど、ろくな題名来ないから、なしでいきま
ひょと。

 米朝 そのころ小松さんが言うたんで記憶しているのは「SFはみんな落語に
ある」という言葉。

 小松 SFの発想が落語の中にあるということ。

 米朝 例えば「さくらんぼ」という噺(はなし)。サクランボ食べながら頭の
手術してたら種を落としてしまう。頭に桜の木が生えて、そのあとが大阪式や、
花が咲いて見物客が出てどんちゃんやるのでこりゃかなわんと木を抜いてしま
う。跡に掘ができて水がたまりみんな魚釣りに来るわけや。やかましいてしょう
がない。

 小松 それでその池に飛び込んで死んでしまう(笑い)。4次元的やろ。若い
ころは高橋和巳と同人誌をやっていたが、僕がシュールレアリスムに目覚めて別
れていった。でも考えてみるとシュールは古典の中にある。スウィフトの『ガリ
バー旅行記』なんてめちゃくちゃやろ。シュールなのは江戸戯作にもいろいろあ
った。落語にもたくさん残っているんやないかと僕はのめり込んでいったんや
ね。