枕草子・第八十八段

             清少納言


 「無名といふ琵琶の御琴を、主上の持てわたらせたまへるに、見などして、掻
き鳴らしなどす」といへば、弾くにはあらで、緒など手まさぐりにして、「これ
が名よ、いかにとか」ときこえさするに、「ただいとはかなく、名も無し」との
たまはせたるは、「なほ、いとめでたし」とこそ、おぼえしか。
 淑景舎などわたりたまひて、御物語のついでに、「まろがもとに、いとをかし
げなる笙の笛こそあれ。故殿の、得させたまへりし」とのたまふを、僧都の君、
「それは、隆円に賜へ。おのがもとに、めでたき琴はべり。それに替へさせたま
へ」と申したまふを、ききも入れたまはで、異ごとのたまふに、「答へさせたて
まつらむ」と、あまたたびきこえたまふに、なほ、ものものたまはねば、宮の御
前の、「いなかへじと、思したるものを」とのたまはせたる御気色の、いみじう
をかしきことぞ、かぎりなき。