曽根崎心中


 道行文

この世のなごり 夜もなごり 死にに行く身をたとふれば
あだしが原の道の霜 一足づつに消えて行く
夢の夢こそ あはれなれ
あれ数ふれば 暁の 七つの時が六つ鳴りて
残る一つが今生(こんじょう)の 鐘の響きの聞き納め
寂滅為楽(じゃくめつ いらく)と響くなり

鐘ばかりかは 草も木も 空もなごりと見上ぐれば
雲 心なき水の音 北斗は冴えて影映る
星の妹背(いもせ)の天の川
梅田の橋を鵲(かささぎ)の橋と契りて いつまでも
我とそなたは婦夫星(めおとぼし)
かならず添うと縋(すが)り寄り 二人がなかに降る涙
川の水嵩(みかさ)も増さるべし


※ 「曽根崎心中」は、近松門左衛門が書いた人形浄瑠璃および歌舞伎の
  演目。
  1703年(元禄16年)5月22日の早朝、大阪堂島新地天満屋の
  女郎・はつ(21歳)と、内本町醤油商平野屋の手代・徳兵衛(25
  歳)が、梅田・曽根崎の露天神の森で心中した事件に基づいている。